Life SUCKS but It's FUN

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30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.4

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.3 - Life SUCKS but It's FUN

 

第四章:華に風

僕はあまり過去を振り返って後悔する事は、ない。その時その時点の何かが変わったとしても、長い目でみた場合にそれが最善だったかどうかなど、死ぬ瞬間になるまで誰にもわからないのだ。人生万事塞翁が馬。最終的になにがどう転ぶかなんて誰にもわからない。

けれども、過去を振り返って今の自分ならまず、そういう判断はしないだろうと思うことは多々ある。この時の僕の判断もそうだ。

 

ひとみが妊娠していたのは明らかだったが、彼女を問い詰めることはしなかった。その代わり僕は唯一何か知ってそうな、それでいて信頼できる関係だったまことに連絡をしてみた。

「むーさんには黙っていようと思ったんだけど。知らなくて良いこともあるし」

と言ってくれたが、事情が事情だった。彼は慎重に言葉を選びながら説明してくれた。

彼の同級生、つまりひとみの同級生に悪ガキが一人いた。彼は高校に入ると、関係の薄くなった同じ中学の同級生に声をかけ、自宅でレイプまがいの暴行を繰り返していたらしい。噂にはなっていたが、しかしそれが表面化することはなかったそうだ。

皆が彼を恐れていた訳ではない。同じ中学、同じ学区、同じエリアの狭い社会。

その中でこの件を親や友人、警察まで巻き込んで「事件」にまで発展させるだけの勇気はなかなか持てないのが普通だ、というのが彼の見解だった。

何人かの女の子が泣き寝入りしていることもまことは知っていたし、そこにひとみが含まれていることも知っていたが、話すつもりはなかったそうだ。けれども身籠ってしまったのは予想外だったのだろう。まことは申し訳なさそうに全容を説明すると、最後に

「一応だけど。」

と付け加えて、地元で親の承諾なしに診察してくれる産婦人科を紹介してくれた。

 

僕はひとみのことを考えていた。あの父親なら血相を変えて警察に連絡するだろう。親同士のトラブルももちろんあるだろう。どちらかがその小さな地域社会から引っ越す結果にも繋がるだろう。そういう事件に胸を張って立ち向かっていくタイプではない彼女は、同級生と会うことがますます無くなって孤立してゆくのだろう。

 

僕は不思議と怒りよりも彼女の体裁のことだけを考えていた。

彼女は何を望むだろうか?

僕の中では確信に近い薬局の検査薬の結果に、まぁ、ちゃんと病院でみてもらうまではわからないよね、と表面的には彼女を安心させる言葉をかけたが、実質それは自分と彼女の執行猶予の先送りであった。

 

その執行猶予の間に僕は、初めて長い長い手紙を彼女に書いた。その手紙には三つの提案をわかりやすく綴っておいた。一つ、親にきちんと話すこと。二つ、子供を育てること、三つ、それ以外の方法。ただしそれには僕のお願いを聞いてほしいということ。

 

いつものようにひとみと会った。手紙を渡して、メールでも良いから返事を頂戴ね、と言って別れた。夜遅くにメールが届いた。3つ目かな?と短いメールだった。

 

ひとみのバイトが何日か続いたので、僕は母親に電話してみた。どうやら家では普通だそうだ。いえ、特になにもないんですけど、と慌てて付け加えた。

「そう言えばね、お父さんに、お前なに仲良くなってんだよ!って怒られたのよ。でもね、笑いながら言ってたからむーさんとの事、安心しているんだと思うわよ?」

 

僕だったらどうだろう。再婚して、相手に子供が居て。男としてその子供を、そんなにも愛せるだろうか?ひとみにはまるで伝わっていないかのように思える、その彼の不器用な愛情を、僕は一人の男性として尊敬していたのだ。

 

僕の決心は固かった。いつもみたいにひとみに会って、馬鹿な話を一通りした帰り道。繋いだ手を離して、向き合って、極めて真面目にお願いをした。

「ひとみ、僕と付き合ってくれないか?」

しばらく長い沈黙が続いたが、ひとみは困っているようでも、悩んでいるようでもなかった。ただ、事情を飲み込むために考えている、そんな様子だった。

 

暫くして「うん」とだけひとみは答えた。

よし、じゃあ明日病院に行こう。予約はしてある。それから、二人でその子の事を真剣に話そう。僕の大切な彼女の子供だ。僕にも真剣に考えさせてほしい。と矢継ぎ早にひとみに告げた。

彼女に僕の意図が伝わらなくてもいい。これは僕の決断だから、こうする必要があっただけなのだ。

 

人は時に誤った判断をする。その時の僕もそうだったと、今は思う。けれども仮にその判断を正せたとしても、ひとみとひとみの家族が今よりももっと幸せで居られるかどうかなど、誰にもわかりはしないのも事実だ。

僕の知る限り、ひとみは今、幸せに暮らしている。それで十分なのだし、その事実がなかったら、僕は自分の恥とも言える過去の稚拙な行動の逐一を、書き出そうとなど思わないだろう。

 

月に叢雲華に風、美しい月に雲が架かるように、綺麗な花を風が吹き飛ばしてしまうかのように、僕とひとみの関係は、あらぬ方向から否応なしに変わることを余儀なくさせられていた。

 

つづく

 

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