Life SUCKS but It's FUN

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30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.8

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.7 - Life SUCKS but It's FUN

 

第八章:一葉落ちて

さて。

ここから僕が語らんとすることに対して、非常に筆が重たく、気が進まない。

だがしかし、かの喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉にもあるように、人生とは近くで見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇なのである。それはある意味僕にとっては時間の経過が「遠く」を表しているのだろうし、この文面に出会った人からみれば、まさに客観性が「遠く」を表していると解釈しても差し支えないだろう。人は時間の経過と共にそれを許容し、笑顔で語れるという便利な本質を持っている、ということを信じ、ここからの執筆に取り掛かろうと思う。

 

ひとみがポツポツと語った話しによると、ひとみが通っていた子役育成の事務所には別宅があった。プロデューサーと名乗る「翼」という男が取り仕切っていたのだが、そこには高額な撮影機材と数十本にも及ぶ未成年女子の撮影データがあった。ひとみのような未成年者をスカウトし、芸能界デビューをちらつかせては、個人の趣味だから世間に出回ることはないと説得し、撮影した。見返りに「モデル料」として会社の経費で4万円程の金銭を手渡していた。

 

僕は生まれて初めて、人を殺してやりたいと思った。そいつの頭を粉々に砕くことを想像しながら、眠れない日々を過ごした。数日の間、僕はひとみを責めることはしなかったが、話しかけることも出来なかった。それはひとみに対しての制裁と捉えられても仕方のなかったことなのだが、自分自身の心の容量を遥かに超えた出来事に、どう振る舞えば良いのかすら、わからなかったのだ。泣きながら謝る彼女に、僕はなにも返せなかったのだ。

 

まことはもう、居ない。しほたちや同僚に言って、どうなるものでもない。僕は何を思ったのか、ひとみの母親に相談することにした。

 

「あの子ね、ほら。お父さん居なくて寂しかったのか、最初も随分と早かったのよ、わかるでしょ?男の人との、ね。だからあまり抵抗もしないで、少し我慢すれば、歌手になれるって思ってたんじゃないかしら?ね。ごめんなさいね。」

 

母親の言う通りだと僕も思っていたし、ひとみに対して僕は微塵も怒りを覚えて居なかった。少しの我慢。ひとみにとってはそうかもしれないが、僕のそいつへの我慢は限界を超えていた。

 

電話を切ってすぐに、また母親からの着信があった。

「ごめんなさいね。お父さんがぶん殴ってやるから今すぐ来いって言ってる。ひとみは返してもらうから連れてこいって」

この頃、ひとみの家族は埼玉に引っ越していた。夜の11時を回ったところだった。翌日も仕事はあったが、とりあえずひとみに事情を説明して急いで駅へと向かった。

 

ガランとした車内で、ここ数日僕と会話のなかったひとみは、うつ向いたまま僕から二つほど離れて座席に腰掛けていた。大きなバック二つは床にだらしなく置いたままだった。

一度だけ、もう一緒に居られないの?と消え入るような声で言った。

「当たり前だ。自分のしたことを考えろ。」

と、返事をすると、わっと、うつ向いたまま、まるでこの世界には自分しか居ないかのように辺りも気にせず泣き出した。

春先の、まだ冷たい鉄の大きなゆりかごの中でひとみの泣き声だけがこだましていた。彼女の実家までの距離は長かったが、電車が最寄り駅につく頃にはひとみも諦めていたのか、また電車に乗り込んだ時のように、ただただ、力なくうなだれて、ぽつんと座っていた。

 

駅からタクシーを拾い、マンションの部屋番号をインターフォンで押すと、場違いのように明るい、いつもの母親の声が答えてくれた。程なくドアがカチンと開くと、僕も、ひとみも、覚悟を決めてエレベーターに乗り込んだ。

 

初めて会うひとみの父親は、大柄で無愛想な男だった。終始無言で、形式的な進行は母親がよそよそしく務めてくれた。お茶を出してくれた音だけが聞こえたが、僕にはそれを確認する余裕すらなかった。

しばらく長い沈黙がながれたが、重たい口を父親がやっと開いた。

 

「オレもな、芸能界に居たから、ひとみがそんなことを願っていたと知っていたらまず反対してたはずだ」

 

父親の肩越しに壁にかけられた彼の若かった頃のレコード類が見えた。古い人間ならば誰もが知っているグループサウンズのレコードだ。ひとみは黙ったまま、僕の隣で正座をしていた。

 

「ひとみは今日で返してもらう。いいな?」

 

僕の決心はとっくに決まっていた。思い返せば、あのバレンタインの日から、決まっていたのだ。僕は、みっともなくも、情けなくも、なんの恥じらいもなく初めて、土下座を、した。

 

「お父さん!僕が付いていながら本当にすみませんでした!預かると約束しながらこんな結果になって申し訳ありません!どうかもう一度チャンスを下さい。もう、二度と、ひとみを不幸にさせません、約束します、僕はひとみと一緒に居たいんです。」

 

顔をあげた瞬間、バチンと平手打ちが飛んだ。だがそれは僕へではなく、父親からひとみへ、であった。

「お前は!!!こんなに思ってくれている青年に対してなんてことをしたんだ!!」

ひとみは大声で泣き出した。だがそれは意外にも平手打ちに対してでも、父親に対してでもなかった。

「だって、さっきは別れるって。なんで?なんで・・・」とまるで僕を責めるかのように泣きながら問いただした。

 

「そんなわけ無いだろう!ああでも言わなきゃわからないだろ!」

と、深夜の他人の家にもかかわらず、今度は僕がひとみを怒鳴りつけた。

 

・・・それから。母親はひとみを寝かせつけると、私ももう寝るわね、とリビングを後にした。

ひとみの父親は帰れない僕に、朝まで付き合ってくれた。音楽の話や芸能界の話、彼の仕事の話、僕の仕事の話。気がつけば始発の時間になっており、結果で言えば、ひとみはしばらく家族とまた暮らすことになり、土日だけ僕と会うことを許された形だった。

ただ、朝まで彼と話した印象で感じたことだが、その結果はむしろ、この一件に対しての制裁、というよりかは、彼がひとみの父親として、まだ、なにか心残りや、やり残したことがある、といった所なのであろうと僕は思った。

 

朝、眠たそうにひとみが玄関まで送ってくれた。

「どうしてくれんだよ、仕事できねーぞ」と笑って言う僕に、彼女は笑顔を見せてくれた。マンションの玄関を出ると、外はまだ薄暗かったが、なんだか妙に清々しい気持ちだった。ひとみと暮らせないのは寂しいが、それよりも僕は、あの、父親のことをずっと考えていた。生意気かもしれないが、到底勝てそうにもないライバルである彼に、今度は上手くやってほしいと、心から願っていた。

 

事務所の一件は、あの父親が「ぜってーに許さねぇ」と息巻いて居たので、なんだが僕の怒りは収まってしまった。むしろ翼とやらにこれから降りかかる不幸に同情すら覚えた。そこまで彼の計算だとしたら、もう僕の敵う相手ではないな、となんだか不思議な気持ちにすらなれた。

 

こうして僕とひとみの奇妙な生活は、ひとまず、幕を閉じたのだった。

 

つづく

 

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.9【エピローグ】 - Life SUCKS but It's FUN

 

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