Life SUCKS but It's FUN

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30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.9【エピローグ】

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.8 - Life SUCKS but It's FUN

第九章:月満つれば則ち虧く

ふと振り返ってみると、子供の頃はカレンダーを見るのが楽しみだった記憶がある。そこには七夕や夏祭り、花火大会など、文字通り色とりどりのまだ見ぬ未来の出来事が綴られていた。そして、空白のスペースですら、自分自身の希望であり可能性でもあった。

30を過ぎて、僕らにとってのカレンダーはすっかり豊潤を失い、打ち合わせや法事といった灰色の予定で埋め尽くされ、空白のスペースはいづれ、こうした予定で埋まることしか想像できない代物となった。

そうして気がつけば、いかに効率よく行動するか、にだけ長けてしまい、その効率の良さから日々は光の速さで過ぎていってしまうのだ。

 

そうして、再び、ひとみと出会った夏になろうとしていた。彼女は、どう父親を説得してか、また僕と暮らすようになっていた。

それでも僕は、彼女に土日は家に帰るように、強く勧めていた。彼女になにか、欠けている部分があるとするのならば、それは僕では賄えるものではないことを、あの父親に会って、話して、僕は納得せざるを得なかったのだ。

 

陳腐な言い回しだが、離れてみてわかることもある。僕とひとみがまさにそうであったように、彼女と父親もそうであって欲しいと願った。

そうして実際にその通り、ある日彼女は「実家に帰ってお父さんと暮らす」事を決意した。僕にとって、一年間一人の女性を思うことはあまりにも短い期間であったが、彼女たちの時間軸にとって、一年間一人の男性を思うことは、十分に長い期間であるのだ。

そうして彼女のカレンダーの未来の空白は、また別の希望で埋め尽くされるのであろうし、僕がそれに介入するのは余りにも美しくない行為なのだ。

 

僕は笑顔でさようならを言ってひとみを送り出した。

 

数ヶ月がたった頃、ひとみから手紙が届いた。

父親に頼んで、今度はちゃんと卒業することを条件に、今は通信制の高校に通っているらしかった。美容師になりたいから、高校を出る必要があるのだそうだ。

 

僕は返事を書かなかった。何故ならそれは、ひとみが僕に手紙を送った行為が、僕になにかを求めて行った行為ではなく、あの父親の元、単純に、素直に、感謝を伝える為の、そして彼女が大人へと成長したが故の行為だったからだ。

 

僕はこうして、今でも時々、あの時の事を思い出す。だがそれは決して後悔や寂しさからではない。


僕が求めているのは思い出となった過去の時間ではなくて、あの日、あの時、空白となっていた僕らのカレンダーに、思い出となった過去の時間に、描いていた僕と、ひとみの、存在することのなかった未来なのかもしれない。

 

おわり。