Life SUCKS but It's FUN

音楽、IT、サブカル、アイドル、その他思いつくまま好きなものだけ共有したい、ルサンチマンの雑記です。

わ。とよ。についての考察

「わって言わないよね」

 ハンバーガーショップの二階、禁煙席、例の壁一面、随分と柔らかそうな背もたれの付いている側の方、たっぷり二人分を占領している彼女が僕にそう言った。

 僕に言ったのだろう。なんせ店には僕と彼女しか居なかったのだから。

 しかし僕は返事をしなかった。テーブル越しの僕は彼女とは対象的に、お値段以上ニトリのカタログで¥2,980で見つかりそうな安っぽい椅子に深々と腰を掛けて、スマホのニュースサイトをなかば体を2つに折りたたむくらいの姿勢でうつ向いたまま読んでいたのだけれども、すなわちそれは、彼女を無視したという事でもない。

 第一に僕は8割くらいの脳みそでニュースサイトを読み続けながら、2割くらいの脳みそで「和だろうか?輪だろうか?」と考えるだけの事はしていたし、第二に彼女はまず思ったことを口に出してから長々とした説明に入る癖があることを知っていたからだ。

 

 しかし僕のその期待は次の更に不可解な彼女の一言で裏切られてしまった。

 

「よも言わない」

 ただでさえ「わ」に2割も脳みそを奪われている上に、「よ」に更に2割も持っていかれてはたまったものではない。「ファミリーマートのお惣菜」に関するニュース記事から渋々顔を上げて彼女を見るしか無かったのだけれど、そこで僕の期待はもう一度裏切られることになる。

 

 同じくスマホに見入っていると思われた彼女は、いや。正しくは僕の友人、つまるところ、彼女の母親が小学六年生の進級のお祝いに彼女にスマホを与えてからというもの、スマホに見入る以外の時間の潰し方をしている彼女を見かけたことがなかったにも関わらず、驚いたことに顔の前で両手で文庫本を広げて居たのである。

 ついでにいうと、ここではあまり重要な情報ではないのだけれど、そう言う彼女の表情も、もちろんその文庫本のせいで見えなかった。

 

「さきっぽ、本なんか読むっけ?」

「咲ね。ねぇ、なんで本に出てくる女の子ってみんな、なんとかだわ!とか、なんとかなのよ!って言うんだろ?わとかよってふつーに言わなくない?」

 ああ、そういうことか、と思いながら、言わなくない?って言われても自分は女の子じゃないからな、と少しシニカルな返事を返そうとしてやめておいた。彼女の表情が見えていない以上、その返事は少々冒険が過ぎると思うし、ひょっとしたら、例の壁一面、随分と柔らかそうな背もたれの付いている側の方をたっぷり二人分も占領して足を組んでいるような女の子に向かって、お値段以上ニトリ¥2,980から見上げてる僕が言って良いような言葉ではない気がしてしまったからかもしれない。これを単なる視覚効果と侮ってはいけない。嘘だと思うなら秋葉原の「耳かきリフレ」を覗いてみればいい。どんな立派な男性でも女の子の膝下では従順になってしまうのである。

 

「まぁ、その方が性別がわかりやすいからじゃない?ってかさきっぽ、本なんか読むっけ?」

「咲ね。そうだけど、作者がわとかよって言葉を使わなきゃ性別すら表現できないんだったら、なんかそんな本はどうせつまんないんじゃないかなって思っちゃうじゃん?」

「よは言うだろ」

「え?」

「よは言うよ」

「例えば?」

 僕は2、3秒考えてこう言った。

「昨日母親が誕生日だから電話したんだけどさ、今朝マンションの入り口で石井さんに相変わらずきれいだわねって言われたのよ、って。あれ?わも言うじゃん」

「全然ちがう。私は女の子がなんとかだわ!とかなんとかよ!なんて絶対言わないし、そういう小説はなんか嘘くさいから読みたくなくなるって言ってるの」

 人というのは元来もっとシンプルな感情を持った生き物である。彼女がこうして何かと理由をつけて「嫌い」である理由を語っているということはつまり、「嫌い」であるというもっとシンプルな本当の理由にフタをしたいのかもしれない。もしくは何か他の理由かもしれない。

 

 とにかく僕にとってその後付みたいな理由にはあまり興味がなかったので、再びスマホに目を落として…落として…そうだ。ツイッターで見かけた「ファミマのお母さん食堂は男女差別だ」というニュース記事の続きを読んだ。読んだのだけれど、2行ほどで顔を上げた。

 

「でも読んでるじゃん。なんの本?」

「わかんない。よっしーが面白いから読んで、って貸してくれた」

「あれ?よっしーのこと嫌いって言ってなかったっけ」

「言ってない。好きじゃないとは言ったけど」

「同じじゃん」

「全然ちがう。ゆうがよっしーはさきっぽのこと好きみたいだよって言うから私は好きじゃないって言ったんだよ。好きじゃない、ってこれから好きになるかも知れないけれど、嫌い、ってもう絶対に好きにならないじゃん」

「そうなんだ」

「そうだよ。咲だけどね」

 

 で、そのお母さん食堂というファミリーマートのお惣菜シリーズのネーミングは、女性の家庭での役割を決めつけているから許せないのだそうだ。なるほどな、と8割くらいの脳みそで考えながら、2割くらいの脳みそで彼女としたよっしーという男の子に関しての会話を思い出そうと、記憶の飛び石をしていた。していたのだけれども、結局思い出せずに記事を読み終えてしまった。

 

「でもさ、それだったら、今はまだわからないな、とかなんかそういう女の子っぽい言い方だってあるわけじゃん」

「ムカつく」

 彼女はテーブルの下で組んでいた足を崩さずに、つまり上で組んでいた右足で僕の膝を思い切り蹴ってきた。

 ハンバーガーショップの安っぽいテーブル、お値段以上ニトリ¥4,980くらいのテーブルがガタン!と大きく鳴ったけれども、なんせ店には僕と彼女しか居なかったし、僕の「イテっ」という声のほうがおそらくもっと大きかった。

 彼女との大切な会話を思い出せずに記憶の飛び石をしていたことに腹を立てたのかも知れない。彼女がフタをした「好きじゃない」という言葉のもっとシンプルな意味に気付かない僕に腹を立てたのかも知れない。いや、そもそも彼女は最初から腹を立てて居たのかも知れないし、彼女がフタをしたのではなくて、僕が彼女にフタをして居るのかも知れない。

 

「だからその女の子らしいってなんなの?って話を最初からしてるんだけど?女の子らしく答えなきゃいちいち伝わらないの?って話をしてるんじゃん。ありえない。よっしーだって私を好きって言いながらこんなわ!とかよ!みたいな女の子の本渡してくるじゃん、なのに」

「お母さんそろそろかもしれない。出よう」

「うん」

「咲、ごめん」

「ごめんとか言うんだ」

「うん」

「さきっぽでいいよ。なんかへん」

「だよな」

 とだけ、僕は答えた。