何も報われないという美しさ「私、アイドル辞めます」について
『好きなことで、生きてゆく』
確か一昔前のYouTubeはそんなことをキャッチコピーにうたっていた。
そうなのだろう。
いや、そうであったのだろう。
数多くのユーチューバーが混在する今生き残るには
それなりの登録者、再生回数、高評価が必要になり、
彼らの主な課題が、どうすれば好きなことが出来るか?よりも
どうすれば再生回数を稼げるか?に変わっていったのは明らかである。
「私、アイドル辞めます」の主人公、千優里 (実玖・九州⼥⼦翼)はアイドルである。
彼女の現在の目標は、ファンのため、家族、親戚のために有名になること
大きなライブを行う事であるのだが
恐らく彼女もまた普通の女の子が一度は夢見るアイドルへのあこがれとういう純粋な気持ちが出発点なのだろう。
『好きなことで、生きてゆく』
彼女もまた。こんな思いがきっかけだったにも関わらず、いつの間にかそれだけではやって行けない現実との葛藤に、苦しむことになって行く。
この映画で僕が一番すきなシーン
千優里がファンを大きなステージに連れてゆけないまま引退することを謝罪したあとに、彼女のファンである萌花(シイカ・リリスリバース)が一言つぶやく、
『違うよ』
この一言にファンの心理や、人を応援することの意味。千優里の葛藤への答え、そのほか色々な意味が込められているように思う、非常に重たい一言だ。
努力が実ることは素晴らしいことだ。
確かにその通りだと僕も思う
そして僕らが生きるこの世界は、
そんなことばかりを称賛し、物語にし、拍手を送る。
けれども僕はこうも考えるのだ。
もしも僕らが生きるこの世界が
努力すれば必ず報われる世界であるのだったら
それはどんなに恐ろしくも冷ややかな世界だろうかと。
努力すれば必ず富豪になれる
努力すれば必ず好きな人と一緒になれる
努力すれば必ず有名になれる
努力すれば・・・
きっとそんな世界では僕らは利己主義にしか走らない。
自分のことにしか力を注がない。
人のためになど時間を割かない
他人を思う暇などない。
だから僕は思うのだ。
どうしても報われないこともあるからこそ。
努力だけでは報われないこともあるからこそ、
僕たちは他人を思い、励まし、時間を共有し、夢を、思いを、馳せるのだ。
だからこそ、この僕たちの世界は美しいのではないか、と。
「私、アイドル辞めます」は報われない物語だ。
千優里は結局報われない。
ファンも実生活では報われないダメな人間ばかりだ。
そしてもう千優里には会うこともないだろう
けれどもそんな何も報われない世界で、確かに、
優しさや、思いやりや、勇気や、明日を生きる力が満ちていたのだと僕は思う。
この映画は何も報われない。けれども美しい映画だ。
30分ほどの長さなので、
気になった方はぜひに
(写真は公式より)