Life SUCKS but It's FUN

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30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.5

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.4 - Life SUCKS but It's FUN

 

第五章:鉛のような飯

それからのひとみは割と明るかった。僕は勝手に、目前の問題にある程度の見切りがついて安心しているのだと思っていた。僕はひとみがまだ子供だと決めつけていたし、ひとみにとっての僕は、親から面倒な部分を切り取った存在だろうと決めつけていた。

 

手術の準備のため、病院を訪れた雨の日の帰り道、僕の家へ向かうバスの中で、優先席に腰掛けながら妊婦のサインを指さして僕に許可を得るかのように微笑んだ彼女に愛想笑顔を返してみたりしたものの、彼女が帰ってから一人で食べる夕食は、鉛のような味がした。

 

一つの命と彼女の希望、僕は後者を優先させたのだ。

 

手術はあっけなく終わった。ある意味において、医者の「お父さん」という声かけに違和感はなく、淡々と説明を始める彼になぜだか怒りを覚えて殴りたくなる気持ちを抑えていた。

側に居てほしいと言われたまま、僕は彼女の手を握り、医者に告げられた麻酔の切れる時間まで彼女の顔を眺めていた。それからのことは覚えていない。何事もなかったのように努めて過ごすこと、恋人の誓いをたててみたものの、僕らは何も変わらなかったこと、その程度しか綴ることは、ない。

 

また再び、どんな未来へも向かわない、僕らの平穏な日々が続いた。季節は冬へと向かっていた。僕はこの一件で、一層ひとみの父親の事を思うようになっていた。正しくはひとみが彼を拒絶するたびに考えざるを得なかったのだ。

 

『本当のお父さんに逢いたい』口癖のようなそんな彼女の言葉についに僕は、君を捨てた男に、会ってどうする、今の父親がどれだけ思ってるか、どれだけ心配しているか、他人の子供を愛する勇気がどれだけのものか、何故わからない、と口汚く罵ってしまった。

それは子供を諭すという崇高な目的という箕を被った、僕の、汚い、どろどろとした、被害者的な、一方通行の、胃袋の一番奥から吐き出した、汚物でしかなかった。

 

彼女は二度と、その言葉を口にだすことはなかった。

 

ほんの数ヶ月前まで、僕らを包み込んでいた優しくも美しい世界にどこか物悲しさが漂っていた居たのを、僕は、凍てつくような冬の訪れのせいにした。寒さを理由に、家でなんとなく過ごすことが多かったある日のこと。ひとみを送ってからそろそろ寝ようかと思う時間に、突然家のチャイムが鳴り響いた。

 

制服姿のひとみが立っていた。手には大きな荷物が二つ。慌てて事情を聴こうと思う前に彼女は

今日から一緒に住む、と一言だけ言うと家に上がってベッドに座り込んだ。あまりにも事態が伝わらない。彼女はなにも応えない。僕は狭い家を飛び出すと、夜分すみません、とつまらない前置きをして、母親に電話で理由を聞いてみた。

 

「そうなのよ、一緒に住みたいんだって。お願いできるかしら?」

何を言っているんだろう。今の僕であるならば、子供は甘やかせば甘やかすほど、楽な道へ逃げてゆく生き物だと判断するだろう。それが正しいかどうか、モラルや秩序は別として、自分に許せるかどうかの話として。

確かに僕にも当時、彼女の言い分を真に受けて最大限に譲歩してしまうフシはあったのだが、彼女の母親は僕以上であった。家庭内の不和を日々目の当たりにしていれば当然かもしれないが、僕には理解し難いほどの方向性のズレた過保護であったと思った。

とりあえず、今日は預かりますが、電話で決めるようなことではないので、と翌日母親と会う約束をした。

家に戻るとひとみはベッドに入っていた。声を掛けても返事が虚ろだった。顔が火照っていた。手をおでこに当ててみると、熱が出ていた。看病をしながら、明日、お母さんと会ってくるね、悪いようにはしないから、少し帰りは遅くなるけど一人で大丈夫?と声をかけたら、小さく頷いて、そのままひとみは寝てしまった。

 

小さな喫茶店でお互いにコーヒーを頼んだ。

「お父さんはね、家を出るなら籍を入れろって言うのよ。でも私はそれで二十歳で失敗してるじゃない?お試し?じゃないけど、同棲からのほうがいいと思うのよ。むーさん、ひとみともう付き合ってるんでしょ?」

そうはそうなのだ。しかし、あんな事情があったから僕はひとみと付き合う事を決めたわけだし、父と子のような曖昧な関係が続いていることは母親には言えなかった。

それならば、と僕から提案した。

一緒に住むのであれば僕の家に住所を移さなければならないし、そうなった場合僕の扶養という形にしないといけないと思うので、住所移動に伴い健康保険のこともあるし、僕にそれくらいの責任は負わせてくれないだろうか?と言う所で彼女の母親と父親の言い分の中間で、なんとかこの一件を着地させてみた。

 

家に帰るとひとみはベッドから上半身だけ出して、おかえり、と引きつった笑顔で言ってくれた。顔はまだ火照っていた。何も食べたくないと言っていたのだけれども、ゼリーと一緒に「これ、懐かしいでしょ」と桃の飲料水を手渡した。とても話せる状態でもなさそうだったので、大丈夫、ちゃんと話してきたからね、大丈夫、とだけ伝えた。

 

翌日の午前中、母親に会って書類を受け取り、区役所へ向かった。中野区の区役所で続柄は?と聞かれた。

なんだろう。僕とひとみの関係は。と考えあぐねていた。

「養子ですか?違いますよね…」

はい

「平たく言えば彼女さんと同棲ということですよね」

そうなります、ただ、まだ子供なので僕が扶養する形を取りたいんです。

「でしたら、続柄は妻になります。籍は入れないのであくまで内縁になりますけども。書類にもそう書かれます。」

 

面を食らったが、それ以外の選択肢はなさそうであった。

書類の手続きが終わるのを待ちながら僕は、冬の寒空の下を行き交う人々を窓越しにみていた。

一年前まで、僕に女子高生の妻が出来ることなんか想像もしていなかった。いや、誰にも想像など出来ないだろうし、仮に誰かにそう言われたとしてもにわかには信じがたい話だと思う。ただ、一つ一つを順を追っていけば、少しづつ、少しづつ、歯車がややおかしな方向へ回りだし、だが自然にこんな結果を産むこともあるのだろうと、ぼんやりと、まだ自分の立場が理解できていない頭で考えていた。

寒さのせいで自然に早足で外を歩く人々にもきっと、そういった小さな歯車どうしの組み合わせが、いくつもの僕の知らないドラマを産んでいるのだろうと、僕は考えていた。

 

ひとみはどう思うだろうか?喜んでくれるのだろうか?そんなことを考えながら仕事を終えると、急いで家路へと向かった。

玄関を開けるとひとみは居なかった。どこへ出かけたんだろう?と思ったが部屋の様子がおかしなことに気がついた。

クローゼットを開けてみた。一昨日僕が掛けてあげたひとみの服は、しかし全て無くなっていた。引き出しも、机の中も確かめてみた。ひとみとひとみの荷物は全てなくなっていたのだ。

 

ひとみは風邪が治るとすぐに僕の家から出ていったのだった。

 

つづく

 

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