Life SUCKS but It's FUN

音楽、IT、サブカル、アイドル、その他思いつくまま好きなものだけ共有したい、ルサンチマンの雑記です。

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.6

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.5 - Life SUCKS but It's FUN

 

第六章:月光ソナタ

事情のわからない出来事に慣れすぎていたのか、僕のひとみへの気持ちはその程度だったのか、今となってはわからない。わからないのだけれども、とにかく無感情のまま、母親に報告だけはしておいた。すみません、と何度も謝られたけれども、僕も謝られる理由もないので、なにかわかったら連絡下さい、とだけ伝えて電話を切った。

変な正義感から父親ごっこをし、紙切れ一枚で一瞬でも嬉しく思えた今日の自分があまりにも情けなかった。相変わらず同じ中学の仲間とつるんでいるまことに電話をしてみたが、流石に彼も何も知らなかった。元気出せよ、今から行ってやろうか?との申し出はありがたいが断った。

 

三日後に母親から電話が入った。ひとみは、カラオケのバイトで知り合った大学生の家に居るらしかった。

「もう…訳がわからないのよ、ごめんなさいね。」

と彼女は言ったが、僕はなんだか腑に落ちてしまった。父親を探し求める彼女の一面だけを僕も母親も観ていたのだが、彼女だって普通の女子高生だった。夢もあれば、恋もする、当たり前の話だった。僕とひとみの関係には、その二つが大きく欠けていたのだ。どこへも向かわない、恋人でもない僕との関係だけが彼女の人生ではないはずなのだから。

とりあえず、思いつきの行動だと思うから、むーさんどうする?と聞かれたので、扶養の件もそのままで、彼女の言葉を僕は待ってみます、と伝えて電話を切った。母親からしてみたら、驚くほど無感情だったと思うくらい、僕は冷静だった。

 

ひとみの居ない生活がしばらく続いた。同僚にそんな馬鹿な話を打ち明けられるわけもなく、仕事帰りも暇になってしまった。まこと、しほ達、ひとみ…。恐らく大人の僕と彼らでは、時間の流れは違うのであろう。僕にとってははあまりにも短期間に色々なことが通り過ぎていったのだけれども、彼らにはもっと、もっと。じっくりと考えるに値するほど、時間はゆっくりと流れていたに違いなかったのだろう。

 

ぼんやりとそんなことを考えながら、本当になんとなくいつもとは違う道を時間をかけて自転車を、ゆっくりと、ゆっくりと漕いでいたら、突然見覚えのある景色に出くわした。

 

ひとみと、じゃあね、と隠れるようにさよならをした、あの曲がり角。暗い夜道。月明かり。心もとない街灯。うっすらと浮かぶ彼女の笑顔。手を握りあって歩いたこの道。温かい季節、あんなに柔らかかった風景が、今は凍えるように冷たく、まるで自分の不甲斐ないこんな結果を責めるかのように、僕を迎えていた。

 

自転車を降りて、立ちすくんだ。涙が止まらなかった。大人になって本気で笑うこともなければ、けれども本気で泣くこともなかった僕が、こんなにも感情が抑えられないのだろうかと戸惑いながらも、しかし涙が止まることはなかった。

 

僕はひとみが好きだったんだ。そのおおよそ不釣り合いな恋愛に、僕はくだらない理由をつけてごまかして居ただけなんだ。悔やんでも遅すぎた結末に、僕は情けなくもただただ泣くことしか出来なかった。

 

なにかに引っ張られるような感覚を振り切りながら、僕は自転車に乗って家に向かった。うっすらとした月明かりにジュリエッタ・グッチャルディを思った。31歳のベートーヴェンが恋をした17歳の少女と彼女に捧げた月光ソナタ

今夜は何を食べよう、コンビニで何を買おう。そんないつもの日常すら考えられずに家についた。

 

「おせーよ!」

 

しほ達が、居た。

まことに聞いたのだろう。たまり場が自由になったと思ったらすぐにこれか。僕はなんだかわからない苛立たしさに、お前なんかに・・・とうっかり口に出した瞬間

「わかるよ!むーちゃん。わかってるよ!」

と真剣な顔で彼女は答えた。

しほは片親だった。母親は彼女を育てるためにスナックで働いていた。彼女が僕の家に来るようになったのはそれが原因の一つでもあった。残りの二人も似たような事情を抱えていた。ただ、底抜けに明るい彼女らの性格に僕は、それを忘れがちであった。

ひとみが、失った父親像を追い求めることが彼女の処世術であったのであれば、しほたちは、それでも底抜けに明るく生活することが処世術であったのだろう。

「ごめん」

いいよ、早く家入れてよ、さみーよ!との返事に、お前は相変わらず口悪いな、と言いながら鍵を開けた。

 

一通り事情を話したが、しほ達はだいたい事情は察していた。大人しく話を聴き終えたあと、

「むーちゃんさ、バカだよね。」と言い放った

「さっきからさ、ひとみちゃんがむーちゃんのことお父さん代わりに付き合ってたみたいに言ってるけどさ、ウチらがさ、男の家に行くって、好きだからしかナイじゃん、好きに種類なんてねーよ。好きは好きなんだよ。めんどくせぇ。ひとみちゃんが居なくなったのむーちゃんのせいじゃん。」

少し救われたような、嬉しい気持ちになったはものの、今更どうにも出来ないことを知って、その気持ちはまた萎んでしまった。しほはそんな僕を察してか

「なに?取り返したいなら調べてあげよっか?そいつの家」

あんまり乱暴な話するなよ、と笑って答えたが、本当は自信がなかったのだ。それはあくまでもしほの意見であって、ひとみがどう思ってたかなんて、情けない話だが僕にはわからなかった。

 

それから、週の半分は同僚や知り合ったお客さんとの付き合い、半分はしほたちと過ごす日々が続き、年も開けて、ひとみが居なくなって二ヶ月が過ぎようとしていた。

 

「はいこれ!」

と突然しほ達からチロルチョコをいくつかもらった。

なにこれ?と聞くとどうやら今日はバレンタインらしかった。いつも20円か30円しか持っていない彼女らからしたら、持ち金全部つぎ込んだチョコレートだった。心の底から嬉しかった。

「今日はいい日だな!」と感謝する間もなく、お菓子とジュースをせがまれた。呆れるほどそれが可笑しくて可笑しくて、みんなして笑った。

 

笑いながら家でゲームをしていると、一通のメールが入った。

ひとみからの短いメールだった。

「むーちゃん、渡したいものがあるんだけど今から行っていい?」

 

恥ずかしさを抑えながら控えめに、ひとみが今から来ることを伝えたが、彼女らにはお見通しだった。

「良かったじゃん!!!帰るわ!!!!」と3人に肩を何度も叩かれた。部屋は彼女らの食べかけのお菓子でちらかったままだった。相変わらず下品でだらしがない彼女たちに僕は、心からありがとうと言いたかった。

 

程なくして玄関のチャイムが鳴った。ひとみがまた、荷物を二つ、こんどは玄関先に置いたまま、そこに立っていた。前回と違い、その風景はまるで、自分が再び受け入れられるかどうか。不安な思いを抱いている彼女の心情を表しているようだった。

だがそれは、僕の勘違いであったのかもしれない。後ろに回した両手を前にもってくると、そこにはキチンとパッケージされたプレゼントの小箱があったのだ。

 

僕はそれで全てを察した。ごめん、ごめん、と何度も謝った。なんで謝るの?という彼女の言葉を、それでも遮って、僕は何度も謝った。

僕は彼女になにがあったのか、聞かなかったし、その後も聞くことはなかった。それは触れてはいけない部分に触れないようにしていたのではなくて、あえて言葉にする必要がなかったからだった。

 

僕とひとみはその日から、相変わらず親子のようではあったけれども、ちゃんとした恋人にもなった。書類はそのままだった。妻(内縁)の文字に、彼女はずっと笑っていたが、嬉しそうな笑顔だった。

 

だがもう一つ、彼女の叶えられていない夢、それがこの後、最大の事件を引き起こすことになるとは、僕は微塵も思っていなかった。

 

つづく

 

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.7 - Life SUCKS but It's FUN

www.jetsetloo.com