Life SUCKS but It's FUN

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30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.2

 

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.1 - Life SUCKS but It's FUN

第二章:彼女の事情

海岸で小さなボタンを拾ったことがある。

一緒に居た友人に「そんなの、捨てなよ」と言われたのだけれども、なぜだか僕にはそれが出来なくて、そっとポケットに忍ばせた。

それ以来そのボタンは見ていない。あの小さなボタンはどこに行ったのだろう?

机の引き出しの奥にしまっておくほど大切ではないけれども、捨てた記憶もない小さなボタン。ひとみとの出会いの思い出も、そんな小さなボタンみたいな出会いだった。

 

コンビニで当時流行っていた桃の飲料水を三本買って、公園で話をした。なぜ家に上げなかったのか、何を話したのか、は、もう覚えていない。ただ、まことが彼女を何かの理由があって連れてきたことと、だからと言って彼女も見ず知らずの30歳に簡単に打ち明ける事は出来ないであろうことを察しながら、僕との受け答えとは全く違った表情で楽しげに話す二人を見ていることしか出来なかった。

 

社会人になってから乗ることのなかったブランコを気づかれないくらいに揺らしながら、夏に向かって息を整え始めた草木と風に心地よさを感じていた。そんな夕暮れだったことは覚えている。

 

形式的にメールを交換して別れて以来、僕からひとみに連絡することはなく、彼女からも連絡はなかった。相変わらずまこと抜きでも3人のギャルは図々しくも遊びに来ていた。バカで、下品で、おおよそ配慮なんて欠片も持ち合わせていないけれども、素直で遠慮のない彼女らに、少し居心地の良さも感じていた。

 

一番遠慮のない「しほ」がもっぱらの話し相手だった。いちいち仕事終わりに連絡がくるのが面倒なので鍵も預けておいた相手だ。彼女とは名字が同じだった。

 

「嘘!?ねぇ!!おじいちゃん、なんて名前?」

そんな近かったら正月とかにもう会ってるだろ、バカかお前は。という返答にも大声て手をたたきながら笑う。しほは何故かいつも20円か30円だけ持っている。それ以上増えることも減ることもない。

「むーちゃん、100円貸して!」

貸してじゃねぇだろ、頂戴だろ。というと、素直にそう言ってコンビニまで走っていって、帰ってきたと思ったらまた、遠慮もなしにどかっと座ってお菓子を食べながら話しかけてくる。

 

「お前さ、そろそろそのルーズとやら、洗ったら?」と聞くと洗わないほうがダボッとした感じが保てるから良いのだそうだ。そういうものらしい。

「それにしても女の子なんだし、限界ってもんがあるだろ」

次の日帰宅してシャワーを浴びようと浴室に入るとルーズソックスが6本ぶら下がっていた。やれやれだ。どこで、なにで、洗ったのかも聞くのも馬鹿らしい。本当に配慮も品位も持ち合わせてないけれども、素直であるのは間違いなかった。そういう3人だった。

 

とにかく暑い日だったので、おそらくひとみと出会って2ヶ月くらいたった頃だと思う。仕事中に突然メールが入った。カラオケに行こうという誘いだった。無遠慮なしほ達と違って、ひとみとはどう接していいかわからなかったから断ろうとも思ったけれども、カラオケはほぼ会話なしでも成り立つアクティビティでもあっので、了解、と返事をして待ち合わせにむかった。

 

歌手になりたいんだ。という彼女の歌はうまくもなければ下手でもなかった。彼女の家は僕の家から一駅離れたところにあった。そろそろ外が暗かったので送っていった。途中コンビニに寄った。彼女のバイト先だそうだ。

「わたし、コレに載ったんだよ」と十代のファッション誌を見せてくれた。確かにそこに彼女は、いた。

なにも買わずにコンビニを出て、話題選びにもやもやしながら住宅街の細い路地を、通勤用の自転車を押しながら歩いていると、

「ここでいい」と二回念を押されたので立ち止まった。角を曲がれば彼女の家だそうだ。

なんとなく察して、じゃあねと軽く手を降って別れた。自転車にまたがりながら今日の意図を考えてみたけれども、なんの理由も見つけることは出来なかった。カラオケも、バイト先のコンビニも、雑誌も全てなんかしらの意図があったようでもあるし、なかったようでもあった。子供の考えることはわからない。僕は考えるのをやめて家路へと急いだ。

 

それからというもの、ひとみからは毎日のように仕事中にバイトの終わり時間のメールが届いた。なんとなく残業を軽くこなしては、ひとみのバイト先のコンビニから例の路地の曲がり角まで送る、そんな日々がしばらく続いた。

 

一緒にまっすぐ歩けば10分の帰路が、日に日に20分、30分と伸びていった。昼間の夏の予熱に居心地の悪さを感じながらも、僕らは時間を惜しむようになっていた。いつもの、例の、曲がり角まで僕らは、ゆっくりと、ゆっくりと、歩幅を緩めていった。

 

出会ったときに清楚で賢そうな印象を受けたのだがそれは間違いだったと知った。しほと負けず劣らず頭の悪いやり取りの中で僕は少しづつ彼女のことが理解出来るようになっていた。しほ曰く、極限まで偏差値が低いと校則はむしろ厳しい、のだそうだ。なるほど、彼女の通う女子校は都内でも下から数えたほうが早いくらいの偏差値の低さだった。どうやらそれが彼女が「清楚」に制服を着こなしていた理由だった。

 

ひとみは、母親が二十歳のときに産んだ子供だった。その後母親は一年で離婚して十年後に二十も離れた男の人と再婚をした。二人の間に男の子が産まれた。つまりひとみには腹違いの弟がいた。

お母さんとは仲がいい、弟とも仲がいい、ただ、家族の時間になると、私だけ場違いな気がして一緒に居られない、凄く辛いから部屋から出られない、家に居たくない。

 

なるほどと思った。誤解を恐れずにいえば、公園で出会った子猫がなついてくる、なんとなくそんな感覚でひとみと接していた理由にきちんとした説明がついた。それが毎日毎日の30分間の短くも長い帰路での会話を、一ヶ月くらい積み重ねてようやく見えてきた彼女の事情だった。

 

「まぁそれならばたまに家に遊びに来ると良い。しほたちも居るし。同じ中学だろ?」

というと、ひとみは「うん・・・」と言って目を曇らせた。うかつだったかも知れなかった。毎日僕を誘う理由、家族とも上手くやれていない彼女が同級生とも上手くやれていないはずであることは容易に察することが出来たはずだった。ひとりぼっちなのだ。

 

翌日、朝7時過ぎにチャイムが鳴った。僕の出社は11時だったので寝起きのまま生返事をしてドアを開けたら、制服姿のひとみが満面の笑顔で立っていた。

「学校どうしたよ」

と言うとウチの学校は大丈夫、お母さんは知っている、と答えた。昨日の自分の発言の手前もあるし、事情も理解しているのでどこかで甘さが勝ってしまった。

 

それからと言うもの、ひとみはしほ達を避けるように、毎朝僕の出社まで制服のまま家に来るようになっていた。それでも僕らの間にはなにも起こらなかった。僕にとって子猫は子猫のままだったのだ。

 

そんな日々がしばらく続いたある日、仕事中にひとみからメールが入った。

「どうしよう、お父さんがむーさんを警察に突きつけるって言ってるんだけど」

「いいお父さんじゃないか」と的外れな返事をした。

どこか落ち着いた頭の中でひとみから受けた父親像とずいぶんと違うなと考えていた。冷静に考えれば当たり前の話だし、これ以上ひとみと関わるのであればいずれ父親に会って話をしなくては、という考えのほうが勝っていた。

正しいことをしていたという自信はないにしても、後ろめたい事はなにもなかったし、そうなった根拠は遅かれ早かれ話しておかなければならなかったのだ・・

 

僕の他愛もない生活にはまりこんだ、ひとみという小さな歯車が周りを巻き込みながら徐々に加速してゆき、あらぬ方向に動き出した瞬間だった。

 

 

30歳。サラリーマン。ある日突然女子高生の妻をめとった話。Vol.3 - Life SUCKS but It's FUN

つづく